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大承気湯・ダイジョウキトウ −傷寒論・金匱要略− |
| 薬味構成 |
大黄、枳実、芒硝、厚朴
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| 適応 |
諸種発熱証 |
消火器諸病 |
便秘症 |
急性腸炎 |
関節炎 |
| 慢性関節リウマチ |
諸種神経痛 |
諸種の精神疾患 |
腸チフス |
急性肺炎 |
| 破傷風 |
食傷 |
心臓喘息 |
癲癇 |
食中毒 |
| 病位 |
陽明病
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| 虚実 |
強実証
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| 十二臓腑配当 |
−
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| 方意 |
●裏の実証・裏の気滞による強い便秘、腹堅満
●裏の熱証による悪熱、潮熱
に対する方剤です。
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| 目標 |
腹が硬く張ってひどく膨満したり、あるいは腹が痛んで便秘する方に用います。この時、腹部ばかりでなく全身が苦しく、体が重く、息切れや喘鳴することもあります。
熱があるときは潮熱となって寒気がなく、全身がくまなく熱くなって、じっとりと汗ばみます。
また、軽症では目がかすむ程度ですが、重症では意識が混濁してうわごとを言ったり、甚だしければ幻覚を生じ、錯乱状態になります。
大便は硬くて通じにくいです。ところが熱が出ていて、裏急後重が強くてたびたび便意を催すような下痢をすることもあります。
のどが乾き舌は乾燥して、黄白苔やまれに黒苔を生じます。脈は沈で力があり、あるいは遅あるいは滑となります。
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| お薬の飲み方 |
粉、エキス剤の場合、できるだけお湯でお飲み下さい。
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| 症例 |
温知医談第3号より山田業広先生の治験をご紹介 |
旧幕の頃、駒込の組み屋敷に、杉田某という人があった。ある時その妻が疫痢になった。そのとき看護に尽くして大いに心気を労した。妻が全快した頃のある夜、三更の後、卒然として起きだして、組屋敷内になる稲荷の社へ参詣すると言い出した。夜更けのことなので、家族がみんなで止めたけれど聞き入れずに出かけてしまった。二人の弟が怪しく思い、ひそかに後をつけていくと神社に上がりこんで、大声で種々の妄言(訳の分からぬこと)をはいた。弟たちは大変驚いて、無理に連れ帰ったが、それ以来発狂してしまった。
翌日、余の診をとうので、柴胡加竜骨牡蠣湯を投与したが、数日立っても自若として効果がない。
病人は30歳あまりの、強壮充実の体質で体力あり、2〜3間の座敷を甚だ早く飛ぶので、狐のたたり兌などという人があって、小豆ご飯や油揚げを食べさせると、非常にたくさん食べるし、どこから来たかと問えば、障子の破れた穴から入ってきたなどという。こういうことを、病人を詰問すると決まって言うので、いよいよ狐のたたりと決めてしまっている。自分は狐のたたりなどではないと説明したが、10余人の親族がことごとく、狐のたたり説を固執していて、自分の言う事を問題にもしないので、閉口して帰ってきた。
その後、病人を煙でいぶしたり脅かしたりいろいろやって、10日ばかりして1人の親戚が来て、これほど、祈祷、吾責と手を尽くしても狐を追い出せないのは、やはり発狂でしょうといって、再び診治を乞うた。
熟察するに、昼夜数10回発作が起きるが、発作のない間はやや正気である。発作の時は、手を振り、足を踏ん張り、心下へ差込んで苦しがり、項背手足を按ずるに筋腱が怒張すること甚だしく、強く按ぜば耐えかねて声を発するに至る。その反張の様子は、痙病(破傷風のような病気)の狂(精神異常)に似ている。
よって、大承気湯を5服投与し、芒硝、大黄を大量に加えたので、5〜6回は下痢するだろうと思ったが、日に2回ぐらいであった。しかし筋腱は次第に緩み、発作が日を追うて減じ、10日余の後にはほとんど正気のこともあるようになった。同方を持続すること1ヶ月あまり、病気は7〜8割減じたので、長く芒硝、大黄を用いるのもどうかと、少量にするとようたいが悪くなる。やむなく、また、増量して大承気湯を用いること、約7〜80日になった。その間、薬が腸胃に慣れたのか、大便は硬い方で1日1回ほどあった。全快して後も、大便が開通しないときはいつも大承気湯を用いることに決まっていた。
腸胃を実した人は別格のもので、自分は50年間に芒硝、大黄を非常に大量に用いたのはこの病人1人である。古聖立方の妙は、実に感ずるにも余りあり。
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| 備考 |
大承気湯は陽明病を代表する薬方です。承気とは順気の意で、気のめぐりをよくすることであり、これによって腹満、便秘を治します。
大承気湯から芒硝を去った方を小承気湯といいます。
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